◎風の便り花便り

12月28日
  橙の めでたくあるや 餅の上  吉田冬葉

クリスマスの飾りが一夜にして、お正月用品売場になったデパートやスーパーの店頭。
関東地方は青空の広がる暖かい年の瀬です。
テレビは年末特集になり、各局は今年一年の総括番組や懐かしのメロデイー調の歌番組が放映されています。
イラク戦争や核問題、そして何よりも気掛かりなのが拉致被害者の方々の未解決。
一日千秋の思いの解決を一年以上も膠着状態になり、生存の確認すらされていない方々には、
辛く重い一年間だったろうとお察しします。
今年、大学院で国際政策論を学び始めて「外交とは自国の利益を交渉することなのだ」
と言う、当たり前の事を再認識しました。
外務省や大使の仕事は言葉の響きで受ける格好の良さとは違って、交渉にあたっては冷静な洞察力、
且つ強力な精神力がいるのだとも知りました。
人道主義や正義感だけでは解決されない世界があることを嫌が上にも知り、
これから先も困難な交渉が続くであろうと思うと、外務省や政治家の方々が全力をあげてくれないと
いつまでたっても悲しむ人が減らないなと感じました。
人は新年にあたっていろんな願いごとや期待をします。
多分、何か少しはかなうと思うから願いや期待をするのでしょう。
もし全てが叶えられない絶望的な世界なら、お願いごとなんかしないでしょう。
どうか新しい年がお願いごとができる世の中でありますように、、、。

一年間、ささやかな当HPをご覧下さいましてありがとうございました。
メールやお電話でのお問い合わせや励ましのエールをいただき、とっても嬉しい一年でした。
また、新たな気持ちで日々、感じた事をお伝えできれば幸せです。
皆様の上に幸せの花が咲き、幸せの風がそよ吹くことをお祈り申し上げます。


12月21日
 柚子の皮 削ぐや鋭く 香りたる   飯田閃朴

香り高い柚子をたくさんいただいたので、冬至には一足早いけれど
お風呂に入れて柚子湯を楽しませていただきました。
ほのかな香りの湯舟につかって今年一年の過ぎし日々などを、
あれこれと考えているとまあ、反省する事ばかり。
だから幾つになっても、来年はもっと頑張ろうと思うのかも知れませんが、、、。
先日、この欄に高知競馬の「ハルウララ」ちゃんの事を書かせていただきましたら
いろんなご意見をいただきました。
大半は「元気づけられた」という好感度なのですが、
なかにはそんなセンチメンタリズムでは今の世の中はやっていけないというシビアなご意見もありました。
さて19日のNHK総合テレビの午後11時の「人間ドキュメント」でこの「ハルウララ」ちゃんを取り上げていました。
ご覧になったでしょうか?
癌の宣告を受けた女性が手術前に高知競馬に通って「ハルウララ」ちゃんの
健気に走る姿を見て、癌と戦う力をもらったと涙する。
単身赴任の中年のサラリーマンはこれから先の自分の人生と重ね合わせて、
前向きに行こうと自分に言い聞かせている。
厩舎の人々の柔和な顔が、テレビを見るこちら側にやさしさのオーラを送ってくれているかのようでした。
人の生き方も考え方も様々。
人生には勝ち組み、負け組があるのかもしれません。
けれど他人から負け組みと見られても、もしその人が幸せな人生だと思って感謝して生きていたらそれは素晴らしいのでは。
エリート街道まっしぐら、一流企業で登りつめても、もし心にすきま風が吹くような日々があれば、
そういう人生は嫌だと思う人がいてもいいと思う。
シビアに生きていくのも、ややセンチメンタルに生きていくのもその人次第。
「ハルウララ」ちゃんと厩舎の人々に、いろんな生き方があるんだよと
提起されたような気がするのですが、、、。



12月14日
 枯れ枯れて 光をはなつ尾花かな  几董

京王線の下りに乗り分倍河原駅を通過して聖蹟桜ヶ丘駅にさしかかり多摩川を渡る頃、
左側の河川敷に枯れすすきの大群が見えます。
すすきの穂並みが日射しをあびてキラキラと輝く姿は、
冬枯れの野の美しさを堪能させてくれるので楽しみな光景のひとつです。
自然は春夏秋冬、たくさんの楽しみを与えてくれると見入りながら感謝、感謝です。
そんな良い気分でいたのに、13日の朝日新聞にはとっても嫌な気分になる記事が掲載されていました。
「1級小型自動車整備士技能検定の漏洩」
国家資格のこの試験は国土交通省が試験問題を「検定専門委員」に委託する。
国家試験問題を作成するのであるから「検定専門委員」は国家公務員とみなされるとか。
それが何故漏洩されたか?
新聞記事によると、検定専門委員の一人がトヨタ自動車の系列会社の社員で、
その人が社内の部下に問題作成の協力を求め、社員研修用の問題から抜き出し、
それを委員が国土交通省に提出したとか。
当然、研修を受けたトヨタの社員は試験に有利となるはず。
私が嫌な気分になるのは、
この「上から下へといとも簡単に仕事を流し、真剣に検討もしないで受理してしまうシステム」
試験問題の委員を受けたのなら、なぜ委員達で頭をふりしぼって問題を作らないのかと言いたい。
トヨタだから?世間一般で評される一流企業だから?流されたとは思いたくないが、
我々零細業者や庶民が何か書類を提出する時には、何で?と思う位にたくさんの書類を提出し、審査に時間がかかるのが普通。
この「普通」を一流企業と呼ばれている企業のトップの方々やお役人にはおわかりいただけるでしょうか、、、。
「合格率を上げたい一心だった」とトヨタの委員は言っているとか。
これまたなんてせこい!
視聴率のごまかしで批判されているテレビ局と同じではないですか。
翌日の新聞に京セラの会長の稲盛和夫さんが仕事についてこんな事を語っていました。
利他とは「一つの企業とか個人の利害得失を超えて、もっと広く高く、人間にとって
     世の中にとって何が良い事なのかを考える生き方です。利益はその後からついて
     きます。」と。
久しぶりに聞く胸のすくような哲学、人間としてこうじゃなくてはと感服しました。


12月7日
 金色の小さき鳥の形して いちょう散るなり 夕陽の丘に
                   与謝野晶子
初冬にしては暖かく晴れ上がった日曜日。
国分寺遺跡近くのいちょうの木々はまっ黄色に染まって、そのあたり一帯は一枚の絵のよう。
与謝野晶子さんもきっとこんな風景を見て、歌ったのでしょうか。
自然は人が汚さなければ、何十年前と同じような美しい風景を見せてくれます。
けれど人の世はなかなかそう美しく、幸せであり続けるとは限らないようです。
ここ数年、賃貸アパートやマンションの家賃の滞納者が増え続けています。
何ごとも人に催促すると言う事は言い出しにくいものです。
仕事とは言え、督促状を何度だしても入金もお返事も無い方々には、
やむを得ずにお部屋に訪問したり、保証人さんへ連絡をとったりします。
それでも仕事先が倒産したとか、給料の遅配だとか同情に値する場合には
こちらも強い事は言えずに貸主さんとの間に入って辛い立場になります。
「鍵を替えて入れなくすれば良いでしょう」と言う貸主さんが多いのですが、
部屋の荷物はどうするの? 泣きつかれたり暴れられたらどうするの?
良い人ばかりでは無いのです。そう簡単にはいかない時だってあります。
人は追い込まれれば豹変します。
督促に訪問しただけで「悪徳不動産屋に脅された」と、都庁の住宅局に電話する人だっていたのですから。
「出て行って」とも言えず、また仮にそう言っても引越すお金が無い人が多いのですから
場合によっては仕方なく、自腹を切って家賃を立て替えて払う事もしばしば。
それにも限度があります。
遅ればせながらでも支払ってくれる人は良いのですが、訪問したら・・・もぬけのからで、
ゴミだけが残っている部屋を見て呆然とすることもあるこの頃。
今の日本は経済状態の良い人と悪い人の層が両極端に分かれているのではないかと感じる日々です。
製造会社、建築会社の下請けなど物を作る部門が不況風をもろに受けているようです。
そこで働く人達の個人の力では切り抜けられない場合もあるでしょう。
政治家の方々や行政を担う方達にはこの「仕事が無い」という人達がいる日本の産業構造を
しっかりと見てほしいと思うのです。
師走の風がこれ以上、冷たくならないように、、、、。


11月30日
 敷きつめし 銀杏落葉の 上に道 
            池内たけし

雨上がりの歩道に銀杏やプラタナスの落葉が舞い散る季節。
毎朝竹ぼうきで掃いても掃いても、アスフアルトの歩道にこびりついている落葉は、
なかなかちりとりに集まってくれない。
昨今、定年後に一日中何をすることもなく、奥さんの後についてまわる夫の事を
「濡れ落葉」と評して嫌がられる言葉になっていますが、なるほど濡れ落葉とは良くいったものだと妙に感心しています。
多分、多くの方達はがむしゃらに働いていた頃はきっと定年後の自由な時間に憧れていたと思うのですが、
いざそのありあまる時間を手にした時、何をしたらよいのか途方にくれてしまうらしいのです。
特に男性の方がたは地域や長年の友人関係を保つことなく、
仕事関係の人間つきあいしかしてこなかった「つけ」は大きくて余暇が苦痛のご様子とか。
先日、書店でそんな人達にお勧めしたい本をみつけました。
「ひとりを思うまま楽しみつくすルール」 下重暁子著 青春出版社発行
著者の下重暁子さんは元NHKのアナウンサーでした。
現役の頃は美しい容姿と歯切れの良い話し方で評判の方でしたが、ほどなく退社し、
念願の著作活動にはいられ、小柄な体からは想像できないくらいにパワフルに生きていらっしゃる。
本の中で下重さんはしきりに「個」の自覚、「個」の生き方を勧めていらっしゃる。
自分で考え、行動し、その責任は自分でとる。意味も無く人とつるまない。
良い時も悪い時でも結果は自分と言う「個」のもとにおいて受け止める。
実際にそういう行動をとって生きて行く事は、かなり厳しい。
その厳しさを乗り越えてこそ、本当の自分を楽しめると、、、。
女性向きに書かれていますが、男性の方々にも思い当たる事は多いはず。
女性向きとか男性向きとかに分ける時代感覚がもう古いのだとは思うのですが、
抵抗ある方はまずその鎧をちょっと脱いで、立ち読みでもお読みになったら?
一人の時間を持つのもまた楽しいと言う贅沢を知ってしまったら、
余生なんて言葉はふっとんでしまうかもしれませんよ。


11月23日
今年の紅葉は色合いがいまひとつと言う事ですが、それでもイチョウの黄色、
モミジの赤と季節のうつろいが目も心も楽しませてくれています。
そんな晩秋にハルウララのお話を。
「ハルウララ」? 「 春うらら」じゃないの?
いいえこれが「ハルウララ」とカタカナで書くのです。
競馬好きな方ならすぐおわかりでしょう。
競馬好きじゃなくても朝日新聞の夕刊を読んだ方や人から聞いた方ならすぐに
ほほえんでしまいますよね!
この「ハルウララ」ちゃんはお馬さん。
地方競馬の人気者。そんなに強いの?
いいえ、とっても弱いの。なんてったってデビュー以来5年間、一度も1位になったことがないのですから。
馬主さんが調教師さんに払う預託料金さえ獲得できない、採算のとれないお馬さん。
ただいま98連敗とか。
それなのにどうして高知県の地方競馬のこの馬が、そんなに全国的に有名になったかと言うと、
負けても負けても一生懸命に走る姿に見る人は感動するんですって。
このお馬さんの馬券は「当たらない」と言う事から交通安全のお守りになる程の人気とか。
リストラよけの象徴にもなっているらしい。
このお馬さんの話を以前に聞いた時、私はまず廃馬にしないで出場させている馬主さんや
面倒を見続ける調教師さんを偉いなあーと感心しました。
このハルウララちゃんの競馬を見るツアーを旅行会社が企画したそうです。
何だか楽しい話でしょう!
日本人は昔から判官びいきする国民性があります。
負けても、損を覚悟でも頑張る人を応援するという国民性がまだ残っていたんですね。
私はその事がとっても嬉しい。
「ハルウララ」なんてのどかな名前をつけてもらったお馬さん。
名前とおりに人の心をうららかにしてくれて、これもまた人生、
いや、馬生の生き方のひとつと教えてくれているみたい。
ハルウララちゃん。これからも走れるかぎり走ってね。


11月16日
街路樹の葉が風に舞い、晩秋の気配が一段と増してきた頃。
今年も緑花文化士認定試験を受けてきました。
この試験の会場には通常の検定試験とか資格試験と違って若い人は少なく、
中高年が圧倒的に多いんです。
また家族連れや趣味の花の写真を撮るサークルのグループとか、
植木屋さんの仲間一同といった和気あいあいの雰囲気が漂っているのも、
他の試験会場とは違っているところ。
落とす人を選抜する試験ではなくて、あなたの植物に関する知識はこの位ですよと示してくれる評価方式。
だから落ちたら?なんて気にする必要は全くない。
試験後に配付される解答&解説書を読むのも楽しいというおまけ付き。
毎年受験している常連さんがかなりいるらしく、
「今年はこのあたりが狙い目じゃない?」などと情報交換もさかん。
この資格を取ったからと言って、とりたてて生計が良くなるとか、
仕事にすぐ反影するなんてことは無いけれど、
さりとて見のがしてはつまらない、そんな事に情熱をかけている人達がいる!!
この雰囲気が好きで今年も忙しい日曜日にもかかわらず、
ついついと日頃楽しんでいる植物の知識を試してきました。
人間の頭は老いていっても、新しく仕入れた知識を少しは貯めていられるらしく、
昨年よりも数点上向きの出来で、気分はいたってよろしい感じ。
さて、試験には出ませんでしたが最近覚えたことをひとつ。
木へんに春は椿(つばき)、木へんに夏は榎(えのき)、木へんに冬は柊(ひいらぎ)。
それでは木へんに秋は? 「楸(ひさぎ)」だそうです。
「ひさぎ」という木がどんな木か、調べるのがまた楽しいのよね!
かくしてまた、来年の受験を楽しみに花や木と知り合っていこうと思っております。


11月9日
東京地方はどんよりとした曇り空で朝があけました。
さざんかの花がやさしげに首を傾けるように咲き始めています。
選挙の度に「投票率が上がりますように」と誰にともなく祈りたくなる心境です。
そして故市川房枝さんのお顔が目に浮かびます。
婦人の権利を訴え、金づる選挙を批判し続けた市川さんが戦ったもの、
それは封建体制が残る社会、男性優位の世の中、そして暴力を振い妻や子供を押さえ付ける父親など、など。
今の若い方々には信じられないかも知れませんが、わずか30〜40年前の日本ではそういうことが当たり前だったんです。
「携帯メールを覗くお父さんが許せない」なんて言っている方々にはビックリされそうですが・・・。
「女、子供のでる幕では無い」こんな日本語がまかりとおっていた時代に、
女性が自分の意見を言う事は大変な事だったんです。
晩年の市川さんの深いしわに刻まれたお顔には、
厳しい人生を信念を持って生き抜いた人間の毅然とした美しさが感じられました。
市川さんの最後の選挙となった参議院選挙の演説を新宿駅前で聞いた時、
こういう立派な人を決して落選させてはならないと思ったのですが、結果は落選でした。
敗戦の弁はさばさばとした語り口、人にこびず、へりくだらず、真剣に生きた人の潔さを感じました。
政治は決して遠い世界の事では無く身近にあること。
人生を産まれた境遇で諦めないこと。
市川さんは多くの事を後輩達に身を持って示してくれた素晴らしい人だったと、選挙の度に尊敬の念を再認識しております。
深夜には大勢がわかるでしょう。
どんな日本になっていくのか期待と不安が入り交じる夜になりそうです。

あなたは選挙に行って、これからの自分の生活を選択してきましたか?


11月2日
ここ数日秋晴れのさわやかな天気が続き、朝夕はかなり冷え込んできました。
東八道路のユリノキはまたたく間に黄色になり、パラパラと葉を落とし始めています。
お歳暮のカタログが届き、デパートではおせち料理の予約を受け付け中。
何だか一気に年の暮れに突進しているみたいです。
そんなに急がないでよ、晩秋という美しい季節をゆっくりと楽しもうよ〜。
東八道路を歩く時にちょっと下も見て。
ほら、コナラやシラカシの実がいっぱい落ちているでしょう。

都市圏から小川や里山が消えて久しい。
どこの小川にもいたメダカや、どこの河原にも咲いていたカワラノギクが絶滅危惧の指定を受ける時代。
急いで開発し、河原も干潟も埋め尽くして、その結果いったいどんな利益がうまれたのでしょうか。
その事にやっと人々が気がついた時、大切なものが消えてしまった、、、。
国土を開発したり、守ったりするのも国の大切な仕事だと思う。
今回の選挙は年金や消費税が注目されているけれど、
自然を守る事にも関心を持っているかどうかも政党を選ぶポイントにしたいと思っています。

我が事務所の可愛いペットのクサガメちゃんも、
知り合いの農家の方からいただいた新鮮な藁をかぶってうつらうつらと寝始めました。
小さなクサガメが一匹いるだけでも事務所の雰囲気はかなりなごみます。
家賃や駐車場の料金を毎月届けにいらっしゃる子連れのお客様は、
「カメちゃんは?」と楽しみにしてくれています。
人が生きていくには自然や生き物に癒されているのだと感じています。

10月26日
 ♪ この木何の木 気になる木
   見た事もない木ですから
   見た事もない花がさくでしょう ♪
日立のテレビコマーシャルで流れるこの歌・・・
大きな木がのびのびと枝をひろげて見ていると、何だか気持ちがゆったりとする感じ。
大好きなコマーシャルの一つです。
さてあの木の名前はなんですか?とテレビ局には問い合わせがいっぱいあるそうです。
何だろう?名前をしりたいなという方がいっぱいいるんですね。
この話を新聞で読んだ時には嬉しくなりました。
私と同じような人がいっぱいいるんだと。
街や公園を歩いていると、この木何の木?と名前を知らない木によく出会います。
植物園には名札がついているので、「ふーんこういう名前だったの」としばし見とれたりします。
別に木の名前を知らなくても生活には支障がないけれど、
名前を知れば何となく親しみを覚えるもの。
最近、テレビの「トレビアの泉」という番組が人気なのも、
この何となくというのが人の心をとらえているのではないかしらとも思っています。
当HPで今週アップデートしたTOPに掲載した写真、広い公園に大きな枝をひろげて真っ赤な実がたわわに実っている木。
見た瞬間に思いました。「わっ 小鳥達が喜びそう!」と。
こんな素晴らしい木って何の木?
散歩もそこそこに帰って図鑑で調べたら、名前は「クロガネモチ」だそうです。
名前を知っただけでこの木と親しくなった感じで、一日中嬉しい気分。
へぇ〜ボタンが手元にあったら何回押したかな??
暮しの中のほんのささやかな事ですが、ちょっとお伝えしたい秋のお話です。


10月19日
先日の朝日新聞によると府中市はハナミズキの並木道が多い所で有名だそうです。
淡いピンクや白色の優雅な花が咲く春も美しいのですが、葉が赤く染まり始め、
コンペイ糖を散らしたような小粒の真っ赤な実が実る今頃の季節もまた美しい。
そんな美しい街なかを公示前なのにもう候補者の名を連呼する車が走り抜けて行きます。
・・・朝の9時前から。
あまりの大きな声で日に何回も通り過ぎて行くので、思わず騒音計で計測したら83デシベル前後。
この83デシベル前後と言う数字は地下鉄の走る音くらいだとか。
東八道路の騒音には慣れている身でもかなりうるさい。
今回の衆議院選挙はいろいろな面で国民の多くはかなりの関心をよせていると思う。
イラクへの派遣、これは真剣に憲法を考えざるを得ない状況にきていると思うし、
拉致問題の未解決、これも未だ未確定の方々にとっては一日も早い対応が望まれる。
道路公団など赤字経営なのに役員の退職金の法外な金額はとても庶民感覚からは外れていてあきれるばかり。
などと政治が取り組まなくてはならないことはあまりにも多い。
「本当にもう!しっかりしてよ」と連呼したいのは国民の側だと思うけど、、、。
名前を連呼しなくても早すぎる程のポスターの掲示で、誰が出馬しそうかはおおかたが承知しているはず。
せっかく走り回るなら愛想よく名前を連呼するまえに、町の角にでも停まって本当に取り組める事を言ってほしいと思う。
マニフェストひとつ作成する事に対しても、絵に書いた餅なら誰にでも書けるなどと言って
相手の政党を攻撃するような選挙ではもう国民はついてこないと思うのですが、、、。
じっくりと、しっかりと見ようね、聞こうね、そしてよおーく考えて投票しようね。
せっかく身の危険を感じなくても選挙にいける国に住んでいる人間の務めとして。

西国分寺駅近くにできた広い都立公園では、
ピンク色のコスモスの花とブルーのサルビアの花がそよ風にゆれて美しく咲いています。


10月13日
国分寺遺跡周辺の柿畑では柿の実がうっすらと色づき、
ススキの穂が風にそよいで一段と秋の気配が漂ってきました。
けれど散歩をしていると、時々「えっ?どうして今頃咲いているの?」と季節外れの花を見かけることがあります。
春に咲くぼけの花が枝先に一輪淡いだいだい色の花をつけていたり、
初夏に咲くツツジの花が赤紫色の花をつけていたりと。
広辞苑によると「狂い咲き」とか「返り花」と言うそうで、「返り花」という言葉は俳句では冬の季語だそうです。
「返り花」ウーンなんていい言葉でしょう! と感激しました。
「狂う」という言葉はちょっと抵抗がありますが、「返る」と言うと、何だか花の盛り、青春時代に返った気分ではありませんか!
天候の不順な年には植物も芽や花を咲く季節を取り違えることもあるでしょう。
ちょこっと花の盛りに返ったと思えば嬉しい気分。
植物も人間も年相応が普通で、それが良しと一般的にはとられるでしょう。
日本の社会ではこの年相応と言う観念がかなり定着しているようで、
そこから適齢期と言う女性に強迫観念めいた意識を植え付けているとも言えるのでは、、、。
今だに何歳くらいには就職して、何歳くらいには結婚してと一定のレールに乗らない人はちょっと生きにくい世の中のようですね。
ところが最近、日本も少しずつながら変わってきたと思う事にしばしば出会うようになり嬉しく思っています。
今年、私は念願かなって大学院に在籍し、国際政治学などを勉強しています。
仕事や日常生活には直接には何のメリットも無い、全くの自己満足、趣味の領域です。
今までなら多分、贅沢、無駄と片付けられそうですが、定年間近の世間で言うところのオバサンが大学院に通っても、
学生さんも先生方も奇異の目を向けることなくとても居心地が良いのです。
それどころか一旦就職して、再度勉強しなおす若い人達や定年後の再就職に備えて
さらなるスキルアップを目指す人もたくさんいることを知りました。
「返り花」そう人はいろんな花なんだ! といたく喜んでいるところです。


10月5日
ここ数日、東京地方は青空が広がる晴天続き。
朝夕の風が一段と涼しさを増して金木犀の香りもすがすがしい。
あちらこちらのデパートや駅ビルが秋の改装オープンとやらでとても賑わっています。
先日、所用で降りた国分寺の駅ビルがあまりにも混雑しているのでついつい人の波の流れに乗って立ち寄ってみました。
まあーなんと言う華やかさ、にぎわい。
美味しそうなケーキ屋さんが何軒も何軒も。
どのショウケースにも思わず引きよせられるような美味しそうなケーキがいっぱい。
このケーキがみんな売り切れるの?
けっこう高い値段なのにそんなにケーキを食べる人がいっぱいいるの?
地下の惣菜売場もお寿司にお弁当、サラダに煮物とあふれる程のごちそうの山。
へえーこんなに出来合いのおかずを買う人がいるんだ!
と人気番組の「トレビアの泉」よろしく「へえー」を何連発もしたくなる。
どれもこれもかなりのお値段。決して安いと思える価格ではありません。
夕方の込み合う時間帯と言えどもあまりの人だかりにもう驚きの連続。
日頃、あまりデパートや駅ビルなどに行かない私にはまさにカルチャーショック。
こんなに高そうな食品が飛ぶように売れていてどこが不景気なのだろう。
もしかしたら不景気だと思っているのはうちの会社くらいで、
他の人達はみんな景気がいいんじゃないかしらと思ってしまう。
もし他の国の人達がこの状況を見たら「日本は景気がいい」と思うのではないかな?。
日経新聞を読んでいると日本全体不景気だらけみたいだけれど、
いったい何が本当なのだろうと私の頭は?マークでいっぱい。
家の中にとじこもって仕事や家事ばかりしていたら、
現状の社会を知らないで過ごしているのかもしれないといたく考えさせられた日でした。


9月28日
咲き始めた萩の花が秋風にゆれて、「あー秋ね」としばし見とれる季節がやってきました。
さわやかな秋にさわやかではない話しを。
スポーツ新聞に大きく掲載された巨人軍の原監督の辞任。
辞任?そんなごまかしの言葉を使わなくても連日の報道を見れば、
みんなわかっている。 解雇だってこと。
涙で充血した原さんの写真を見れば悔しさや無念さが言葉以上に伝わってくる。
生っ粋の巨人軍はえぬきの原さんがわずかワンシーズン成績が悪かっただけで、
解雇されるなんてあまりにもひどいじゃないと思ってしまう。
しかもそらぞらしく辞任させて、、、。
「巨人軍は人を育てるとか、じっくり待つとかいう大きな心がないのかしらね。
横浜ベイスターズを見なさいよ。フロントもフアンもあったかいこと。」
などと新聞を読みながら思わずひとりごとを言ってしまった、、、。
特に野球好きではない私が憤慨しているのですから、原さんのフアンの方達はもっと強烈に怒っていることでしょう。
人間の子供も動物もそして花や野菜も育てていくと言う事は本当に大変な事。
成果を急いでも必ずしも結果がすぐでるとは限らない。
その上いくらお金や気持ちを注いでもこれまた比例して良い結果がでるとは限らない。
だから何ごとにも大きな心とジッと待つ我慢が必要。
そんなことは普通の人ならわかっている。
巨人軍のフロントサイドの人達はきっとエリート集団なのでしょう。
いつも何でも一番でスイスイと思うように生きてこられたのでしょう。
だから待つとか我慢するとか、温かい配慮などということには無縁なのかもしれない。
プロ集団は厳しい。選手も監督も高いお金を払って雇っている。甘ったれや人情は通用しない。
そういわれるかもしれない。そうならそうと体裁を繕わずにいさぎよく言えば良い。
「辞めて下さい。」と。

「あー人の世は嫌だねえー」とばかりに虫の音がひときわ賑やかに聴こえる秋の宵です。


9月23日
 野菊咲く 音の疲れし 風のなか  飯田龍太

台風が去った後の関東地方は晩秋のように冷え込みました。
街路樹の枝を揺する風の音が九月にしては物悲しく聞こえ、いっきに冬がやってくるような気配さえして。
洗面所の水が冷たくて思わずお湯の蛇口をひねり、あったかい紅茶でも飲もうかな?と
わずか数度の気温の変化がこんなに寒く感じるのかと驚きました。
けれどやはり季節は一度には変化しないようで23日の祝日はからっと晴れた青空。
ひなたは暑い。
自民党総裁選挙後の内閣改造の名簿を見て、若手や女性の登用と小泉総理の斬新な手法には感心させられます。
けれど気配り人事とも思われる配慮も垣間見えて、何ごとも一度にはいかないものだとも感じました。
最近のテレビの政治討論会や「たけしのテレビタックル」などに出演される政治家の方達を見ていて気づいたことがあります。
それは年配の議員さん達に対して決して言葉は荒げないけれど、
ずばりと意見を述べる若手議員さん達がかなりいらっしゃること。
しかも政党を問わず皆さん良く勉強していらっしゃるようで、発言にはきちんと資料をお持ちで臨まれる。
旧来の地盤、看板型の地元密着、人の発言を聞かないタイプから、まず相手の意見を聞き、
それに対して「自分はこう思う」と政策をしっかりと述べる若手の議員さん達。
ヤジや怒号の討論よりもはるかに訴える力はあるし、さわやかで好感が持てます。
少しずつでも日本の政治家は変化していると素人ながら感じているこの頃。
企業も政治も若手に道を譲り、年配の方々は「さあーやってごらん。うまくいかなければ助けてあげるから」
と、背後から見守るくらいの度量が欲しいな、、、。
本当に国を思って議員になったのならばそう出来るはず?よ、ね。


9月14日
関東地方は9月になってから猛烈な暑さ続きです。
冷夏に慣れた体にはこの暑さはかなりこたえます。
それでも青空は夏の空とは違って、高く高く広がるように見え、朝晩の風はひんやりと初秋の涼しさを運んでくれています。
そろそろ彼岸花の咲く時期がやってきました。
自然の造形美の極地のような彼岸花。
どうしてお彼岸の時期を感じるのだろうと不思議に思うほどに、こつ然とあぜ道や庭先につつーっと細い茎が現れて、
ある日突然に緋色の花が華やかに開花する。
花は一年かけて咲く準備をしているのだから、決して突然ではないのですが、
あの不思議な花姿を見ると自然の力は摩訶不思議と思い、毎年彼岸花が咲くと見入ってしまいます。
先日、花の本を見ていたら韓国語では彼岸花を「想思華」(サンシチョ)と言うとか。
彼岸花は花が咲く頃には葉がなく、葉がつくころには花が散っている。
花と葉が見えぬ互いを思いやっているという意味だそうです。
なんて心優しい言葉なのでしょう。
常々言葉はその国の人の心を表すと思うのですが、韓国の人の深い情愛を知ったような気がしました。
インドネシア語を学んでいた頃に、インドネシア語には「うらやむ」という単語に該当する言葉はないと教えられました。
人をうらやみ妬む、そんな心貧しい人々ではないのだといたく感動したものです。
いまだ紛争、政争が続く世界中ですが戦い殺しあうのは政治と言う魔物のせい?
営々と暮らしてきた普通の人々は、心やさしい人々ではないのかと・・・。
国分寺の万葉植物園には緋色の彼岸花と白く優美な「しろばな彼岸花」が咲きます。
ひっそりとした境内で心静かに眺めるのもなかなか良いものです。


9月7日
  稲の花 おののき心 老いてもや  能村登四郎

9月に入り日射しの強い日がちょっと続いたかなと思いきや、またひんやりとした秋風がふいています。
東北地方の冷害は深刻な様でせっかく田植えしたのに、花のまま実をつけない稲が多いとか。
実がつかない稲穂を手に辛そうな表情で話をしている農家の方をテレビで見ると、切なくなってきます。
農家の方がどんなに品種改良や肥料など智慧をしぼって努力しても、太陽の力が少ないと作物は実らない。
昔の人が太陽を「お天道様」「お日様」と様付けで呼んでいた気持ちがわかるような気がします。
水の神様、風の神様など古来、人々は自然を畏怖し、また自然に感謝してきっと神とあがめていたのでしょう。
馬鹿馬鹿しいと一蹴するのは簡単ですが、冷害を目の当たりにすると
自然の力に感謝する心は現代の人間にも必要だなとしみじみと思うのです。

果物の中で、市場に出回る期間が短くて、量も少ない枇杷といちじくが私は大好きです。
それは子供の頃に家の庭先にたわわに実っていた思い出があるから。
毎年、店頭に出る頃になると買おうかな?どうしようかな?とさんざん悩んだ末に、
郷愁に勝てずに買ってしまうのですが、「あーこんな味ではなかった」と必ず後悔します。
子供の頃に食べた枇杷やいちじくは口に入れるとじゅわっと芳香が広がり、果汁がしたたりおちる甘さがあったものです。
店頭のそれらは形も色も美しいけれど、香りもしたたりおちる果汁のおいしさもない。
どうして昔の味がしないのかと考えてみたら、完熟したのを出荷すれば店頭での日持ちがしない。
だから完熟する前に出荷する。太陽の日射しをいっぱい浴びていないまだ未熟のうちに
収穫されて美味しいわけが無い。と気づいたのです。
お日様の力ってすごいんだ!
いつか大きくなったら庭に枇杷といちじくの木を植えよう。
そう願って数十年が過ぎてしまい、年齢だけはじゅうぶんに大きくなってしまったけれど、
願いは果たせずにまた今年もあまりおいしくはない枇杷といちじくを買ってしまいました。


8月31日
 いつのびし みょうがの花や 夕月夜    中村苑子

「今年のみょうがもこれで最後かな?」と夏の食卓にさわやかな香りを添えてくれる
みょうがをどっさりといただきました。
みょうがの花が咲き出すと、夏もそろそろ終わり、ススキの穂がゆれる秋になるのですが、
今年はもうあちらこちらでススキがゆれています。
この夏は天候不順でぱっとしなかった夏ですが、ニュースを見ていて感じる事がいくつかありました。
どうなることかとやきもきした北京での6カ国協議。
外交下手と言われ続けていた日本ですが、ニュースを見る限りでは薮中局長は落ち着いて冷静。
拉致問題など難題を抱えての出席はかなりの重責だったでしょうに、諸外国の方々に混じっても何等遜色なく、
ん? 日本の外交も進歩したと感じた方もいらしたのでは、、。
北朝鮮の出方を慎重に見守る拉致被害者や支援する人々の行動も、感情的にならずに「大人だなあー」と感じさせられました。
パリの国際陸上での日本人選手の方達も、のびのびと自己表現している。
かつてのように勝たなくては日本に帰れないといった悲愴感がなくて、見ているほうも気持ちが良かった。
国際社会の中でとかく目立たないように、あるいは目立たない日本人が多かった一昔前とは比較にならない程、
明るく頼もしく見えました。
多分、日本と言う国の国民も少しづつ変化していて、それが国際舞台で表れてきたのかも知れないと思いました。
不景気や高齢社会への不安など、とかくマイナス面ばかりが報道されがちですが、
日本人はちゃんと進歩しているじゃないと感じたのですが、、、。
女子マラソンの小出監督が選手を褒めて、褒めて育てている画面を見て思いました。
今までの日本は褒め下手の社会だったのでは。
一部の優秀な人を除いては欠点を治す事ばかり強調されて、認めてもらえる嬉しさを知らないで育ってしまった。
だから表舞台に立っても自信がもてなかったのでは。
「ブタもおだてりゃ木に登る」こんなことわざがあったのに。
ここらあたりでみんなで木に登りませんか?


8月24日
八月の後半になってやっと待望の真夏の太陽が輝く日がやってきました。
東八道路のユリの木は早朝から蝉の鳴き声がすさまじい。
「さあー夏が来た!今、頑張って鳴かなくてどうする」と言わんばかりに深夜まで鳴いている根性のある蝉もいます。
大雨続きの八月でしたが、当社の社長が育てているキュウリやナスは大豊作で、
連日の収穫は見事なまでの育ちぶり。
どうやら当社は社長以下スタッフみんな、本職より余技の方が得意みたい?
野菜が高騰している昨今、この収穫物を無駄にしてはならないとスタッフ一同、張り切って腕をふるいました。
関戸スタッフはぬか漬けつくり。今どき、マメにぬか漬けをつくる主婦は貴重な存在でしょう。
フルタイムで働きながらなのですから。
竹之内スタッフはみそ漬や酒の肴つくり。
何たって彼は宅建と調理師免許を持っている変わり種。料理の腕前はプロなのです。
ついでに恵子スタッフも宅建と調理師に教職免許まで持っているもっと変わり種。
けれどこちらの料理の腕前はたいしたことはない。
それでも何とか頑張ってネットの料理のHPなどを参考にしながらオイキムチや浅漬けをどっさりと漬け込みました。
お互いに自分の作品をヨイショしながら、「おいしい!」を連発しています。
何かに夢中になると言うのはストレス解消になるし、連日、新鮮なお野菜をどっさりと食べているのですから、
きっと美肌になったりして!
原田雅美スタッフはもう効果てきめんで、いっそうきれいになりましたよ!!
そんなわけで社長は秋からの収穫めざして次々に種まきをしています。
人生の最高の贅沢は晴耕雨読と良く言われます。
でも実際にはそうのんびりとはいかないのが現実ですが、
時には気分転換して暮しのなかにささやかな風を通すのも良いかもしれませんね。
我がキッチンの窓辺では鉢に植えたアボカドのまあるい種から、ちょこっと頼りなげな芽が出てきました。


8月17日
久しぶりに雨が上がり、外の空気が吸いたくてちょっとお散歩。
国分寺の万葉植物園に立ち寄ったらもう黄色いおみなえしの花や、
薄紫のホトトギスの花が咲いて初秋の風情。
関東地方は大雨の降る旧盆となり、各所の行楽地は大打撃を受けたとか。
ふるさとへ帰省した方々も雨の中の移動は大変だった事でしょう。
東北地方の米の作柄は不良、野菜も散々。
北海道の競走馬は水浸しになり、手塩にかけて育てた馬が亡くなったりと冷夏の及ぼす被害は甚大のようです。
いつも言われる事ですが、人間がどんなに頑張ってもまだまだ自然には勝てないと思い知らされます。
思い返してみると1993年頃も冷夏、その前の1980年頃も寒い夏。
約10年位を周期に寒い夏がやってくるようです。
日本史を勉強すると古来より凶作の悲惨さを知るのですが、
今の時代の日本はさすがにある地方が凶作になっても餓死者がでるほど追い詰められることはなく、
援助の手が差し伸べられるでしょう。
けれどこういう作物不良の時にこそ、毎日いただく食物の有り難さを意識して感謝しなければと思うのです。
 外食産業や給食から毎日出される大量の残飯。
 畑に残された未収穫の野菜。
多分、出荷しても規格外で箱代にもならないからそのままにしてあるのでしょう。
いまだ飢餓地帯に暮らす人々が見たら、こういう生産、消費ルートには腹立たしくて涙がでるのではと思います。
改善しなくてはと思ってもせっぱつまらなくては動かないのが人間の常でしょうが、
それにしても今の日本には「あーもったいない」と思う事がことがたくさんあります。
「いまだに駅弁のふたのご飯粒から食べてしまうんです。」
「週に一度は冷蔵庫の残り野菜を全部入れたみそ汁を作る日にしています。」
高齢の世代の方々からこういう話を聞くと、食料の大半を輸入に頼っている現代の日本。
「もったいない」という言葉を復活させようよ!とついつい思ってしまいます。
もったいないオバケが出ちゃうぞ〜。



塩津不動産(株)
メール宛先:siotufud@cd.mbn.or.jp
Tel:042-366-4599 Fax:042-366-4656
東京都府中市栄町3-26-12

1998.3.25 公開


製作:塩津 暁彦
塩津暁彦メール宛先:akkiepon@aa.mbn.or.jp